小説 昼下がり 第六話 『冬の尋ね人。其の一 』



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『冬の尋ね人。其の一 』平原(ひらばる) 洋次郎
  【血の系譜】(二十八)
 凍(しばれ)る寒さの十二月師走。
 外は慌(あわただ)しい。
 啓一は、有楽町にある東京都庁の裏手
に事務所を構える東京支店で、年末年始
の事務処理をしている夕方だった。
 「川嶋さん、電話ですよ」
と、受付嬢の声。ボールペン片手に電話
口に出ると、秋子の声。
 「啓ちゃん、秋子よ。今ね、急用が出
来て新宿にいるの。
 今から会えるかしら? ちょっと頼み事
があるの。いつ頃、帰れる?」
 「うん、もうすぐ終わる。六時前には
出られそうだ」
 「そう、じゃあ新宿ヒルトンホテルの
ロビーで待ってるわ。六時半ね」
 啓一は、秋子の突然の電話に多少の戸
惑いを覚えた。
 この二年間、二人きりで会うなんて、
ましてや、待ち合わせることなどなかっ
た。
 時間通り、六時半にロビーへ着いた。
秋子は白いトレンチコートに青い帽子を
被っていた。
 男装の麗人の出立(いでた)ちだった。

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 「奥さん、格好いい。素敵だよ」
 思わず我を忘れて見入った。啓一の本
心だった。
 「ありがとう、褒(ほ)めてくれてー。
忙しい所、ごめんなさいね。珈琲でも飲
みましょう」
 ロビーの一角に大きな珈琲ラウンジが
ある。年末の宿泊客や待ち合わせ人たち
でいっぱい。人、人、人の波。青い目の
外国人一行もワイワイガヤガヤ。
 師走の風景が垣間見られた。
 もうすぐ正月。早めの門松がロビーを
彩(いろど)る。
 珈琲ラウンジの窓越しから見る歩道に
は、コートの襟を立て、足早に歩く姿が
見える。
 今にも雪が降りそうな気配。
 「啓ちゃん、実はね、折り入って頼み
があるの。
 あなた、今年の春、韓国へ行ったわね。
出張と称してー」
 「うん、ソウルのアンバーサダーホテ
ルで展示会があってね。それの手伝い。
春といえども、寒かったことは覚えてい
る。それがどうしたの?」
 「いえね。啓ちゃん、私のことをあま
り知らないでしょう」

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 秋子の憂いを帯びた眼には、寂しさが
感じられた。
 「私ね、生まれは韓国の太田(テジョ
ン)なの。知っていた?
 誤解しないでね。生粋の日本人よ。父
の転属で、当時の韓国で青春期を過ごし
たの」
 「深くは解らなかったけど、何となく
そう感じていた。
 奥さんの私生活の問題だから立ち入っ
てはだめだと思って、今まで訊かなかっ
たけどー」
 「ありがとうね。いいのよ、気を使わ
なくてー。
 それでね。要点は、啓ちゃんに太田
(テジョン)に行って欲しいの。
 お母さんに会って欲しいの、私の母に
ねー。もうそろそろ七十才になるかしら。
あの世に逝くまでに、もう一度、私に会
いたいって、手紙に認(したた)めていた
わ。
 私も会いたいけど、ほら、下宿をして
いるでしょう。行きたくても行けないの
よ。解って啓ちゃん」
 「太田(テジョン)といえば、ソウル
と釜山(プサン)の中間にある街でしょ
う。良く知らないがー」

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